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2004年11月06日 (土)

CategoryImageCars 予告編にピクサーの巧さを考える。

Kawa さんのエントリ経由、ピクサーの次回作「Cars」の予告編を MovieTrailers で観ました。


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いやぁ、これは車好きのうちの甥っ子なんか堪らんだろうなぁ。大喜びする姿が目に浮かびます。

いつも思う事だけど、ピクサーの巧さと言うのはオリジナリティじゃなくて、その見せ方だと思う。「モンスターズ・インク 」は別としても、他の作品のネタ自体はさほど目新しい物じゃない。モンタージュや表情、お芝居(まあ、これは定型と言うか、有る意味、歌舞伎的な伝統芸能と思った方が良い)なんかもみんな何処かで見た事が有る物ばかり。それでも観る人をワクワクさせて次に期待させるのは、その観客の想像や既知感からほんの少しはみ出しているからじゃないかな、と思う。この“ほんの少し”って言うのが結構大事で、あんまり幅が大きいと観客は置いてきぼりを喰ってしまう。はみ出し方が絶妙なのだ。

元々は3DCGの持っている無機質感を嫌って人間や動物には使わず、おもちゃや虫、魚などをキャラクターモチーフに使う、漫画的アニミズム。その大きくついた嘘を既知感の所まで引き戻し観客の目線に戻しつつも、所々でほんの少しはみ出して見せて笑いや感動を誘う。その繰り返しでストーリーを辿りながら、例えそれが予定調和的なハッピーエンドで使い古されたネタでも新鮮に映る。これはけなしてる訳じゃなくて、物語のパターンなんて、もうそんなに“新しい”ものは無い。作品の種類や傾向にもよるけど、より大きなマスにアピールする方法としては、よりシンプルで分かり易いネタと言うのはとても大事な事なのだ。従来のディズニー作品でもこの部分と言うのは一緒だった訳だが、分かり易すぎて想像力が刺激されない所が有った。つまり“はみ出し方”すらも予定調和で収まりが良過ぎた。そんなことを考えていたらピクサーのエドウィン・キャトムル社長が産経新聞の取材でこんなことを言ってたらしい。

「重要なのは子供のためには作らないこと。子供向けに作ると、言って聞かせるような内容になる」

分かってらっしゃる。

ウォルト・ディズニーは子供嫌いで有名だったらしいが、彼の存命中には逆にこの精神が生きていたのかもしれない。僕はミッキーマウスが子供の頃から大嫌いだけど、初期のモノクロ時代の物は比較的観る事が出来る。ウォルトの死後、残されたハイエナ的経営陣が遺産をより商売として軌道に乗せようとした時、安易に想像力を欠落させるようなモノ作りになった。いつの世も搾取からはひずみが生まれるのだ。日本の音楽産業もこの辺を良〜く考えた方が良いんじゃないかと思う。

話が横道に逸れたけど、ともあれ、ピクサーの次回作に期待しよう。また、「Mr.インクレディブル」はマンガっぽいキャラクター表現とは言え、初めて3DCGの苦手としてきた“人間”をキャラクターに据えた作品だから、正直コケそうな予感も有りつつ、内容には今までに無く期待している。

ハートビート・シティ

全然関係ないけど、 Cars と聞いてまずこっちを思い出してしまったのは僕だけではないだろう。このアルバムは結構好きでした。


Posted by at 08:52


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