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2003年10月18日 (土)

CategoryImage「リアル」井上雄彦

「リアル」第3巻:井上雄彦(集英社、YJコミックス)
なんだかんだ言ってもこの人の才能には屈服するしかないな。

ジャンプ系マンガは苦手だし、ヤングジャンプはまずそば屋なんかで暇つぶしに読む事は有っても、自分で買う事はない。井上雄彦氏は「スラムダンク」で有名な方だけど、なんというかデビュー当時から「あの」少年ジャンプシステムの中に在りながら、屈託のない所が妙に苦手だった。それは自分がガキの頃、バスケットを志ながら根性なしで挫折した事とか、体系的には恵まれていながらそれに甘え、まあいいかと自分を蔑むそのコンプレックスに由来しているのかもしれない。また、売れっ子に対する単なる嫉みも有っただろう。だから井上氏が、日を追う毎に超人的な画力を身に付け、「バガボンド」など、より作家性の高い作品をエンタテイメントの域で昇華させて行くのを、横目でただやぶにらみするだけだった。

私事だが「リアル」を知ったのは2年前、甥の創太が生まれた直後だ。彼は先天性四肢障害で生まれ、恐らく自分の2本の足で走る(装具を付ける事で立ち、物に掴まりながらも歩くまでは可能かも)事は叶わない。そんな彼を見ながらある種の感傷も持って、井上氏の「リアル」1巻を手に取った。
驚いた。障害者と言うデリケートなテーマに対するフェアな取り組みと、何より等身大の目線を貫いている事に。もちろん感傷も手伝っての事だが、こんな表現が有ったか、とその真摯な取り組み方に感動した。しかしその当時は逆に感傷に邪魔され、何がそんなに自分の心を掴んだのか漠としていた。
創太も日々成長し、まるでその自分の不幸を嗤うかのように屈託なく、明るく真っ直ぐに育っている。その姿が自分の醜く小さいコンプレックスを氷解させて行くのを感じながら、先頃発売された「リアル」第3巻を読んだ。そして理由が分かった。当初障害者を扱っていると感じたその作品は、全ての人間に対する愛に満ちあふれていた。障害者、健常者と言う枠組みさえ、実は端から井上氏の目線にはなかった。人がおぎゃあとこの世に生を受け、あれやこれやの様々な観念と葛藤を身に付けながら、人格を形成し生きて行く。そこには正解も不正解もなく、ひたすらに生きる事と向き合う姿が在るだけだ。それを井上氏はただただ真摯な目で見つめ、その驚異的な表現力を以て作品にしている。簡単に出来る事じゃない。天然に幸福な家庭に育ったか、とてつもない不幸の中から自分を見つめて来たのでなければこんな表現は出来ないと思う。そしてその在るがままのキャラクター達が僕らの心を打つ。素晴らしい仕事だと思う。ある種の敗北感を感じながらも自分もこんな仕事を残して行きたいと刺激される...。

何かとりとめも無くなってしまった。もっと書きたい事が有った筈なんだが...最後に一つだけ。
第3巻ではたと自分が感動した理由に気づかされたのは139頁、ギャル本城ふみか嬢17才のキャラクターデッサンである。

Posted by at 05:46


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