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2004年10月13日 (水)

CategoryImage自殺を望む人たちへ

なんだか集団自殺が流行ってるらしい。死にたいと思う事情や感情はそれぞれだろうし、それを理解する事は僕には出来ない。そんな気になった事が無いと言えば嘘になるけど、何とか踏み止まってこれたので、本当にそれを望んでいる人とはまた別な感情なのだろう。ただ少なくとも、身近の人を自殺で失う事の意味は知っているつもりだ。だから、そこまで追いつめられた人に何の助力にもならないだろうけど、少しだけでも伝えておきたい、と思った。本来、こんな公の場で書くような話じゃないけれど、もし、誰か、このヘタクソなとりとめも無い支離滅裂な体験談を読んで思い止まってくれる人がいるならば、少しは意味を持つと思う。


僕の非常に身近な人は自殺で死んだ。ある日、冗談のようにあっさりその人はいなくなってしまった。

その頃、僕はまだ高校3年生で、8mmフィルムの自主映画を撮るのに夢中になっていたから、受験勉強からはとっくにドロップアウトしていた。既に生活は昼夜逆転していたし、だからその日、学校を終えて家に帰ってから、自室のベッドでうとうとしていた。その所為かも知れないけど、その日の事は今でも何か白日夢のようで、漠としている。
 ふと、家族の悲鳴のような怒号のような聞き慣れない声を夢の中で聞いたような気がして、現実の世界に意識を引き戻された。寝ぼけ眼で廊下に出、その人の部屋まで行くと、その人は死んでいた。全身血まみれで、部屋の中は壁やベッド、カーペットのあちこちに返り血が飛散し、死に至るまで、何度も躊躇い傷を作り、死に切れずにあちこちを切った事が一目で分かった。僕は茫然とし、その硬直した肉の塊(物)になってしまったその人を見つめながら、そこに立ちつくし、何もする事が出来なかった。そして何かは今でも分からないけど、村上春樹風に言うなら「僕の中で何かが永遠に失われた」。

それからほとんど飯も咽を通らない日々が続き、極端に衰弱した頃もあったが、やはり少しずつ、生活を取り戻して行った。絶望に苛まれていても腹は減る。生き物がどこかで生きようとするシステムは、内部にしっかり有るのだな、とその時痛感した。しかしそれでもその後、15年近く僕を攻め立て続けたのは「彼を殺したのは僕かも知れない」と言う罪の意識だ。今でもその意識はなくはないけれど、作品を残し続けると言う行為の中で、少しずつ消化出来たように思う。いや、単に時間が経って薄れてきただけなのかも知れない。あの時、いや、その前にああ言っていれば......何か出来たんじゃないか......例えば僕のあの態度が......思考はぐるぐると終る当ても無く回り、自信を失い、後悔をし続け、自虐的で、自分も人も信じられない日々を送った。

だけど、それが薄れた今思えば、たった15年なら短い。少しずつ消化をし始めた僕は、さらに5年ほどの月日を経て、ほぼ、あの高校3年生の気持ちを「失われた何か」を除いて取り戻しているし、その何かを求める活力も甦っている。40才を前にして、だが。
 回りの人に恵まれた。たくさんの人に助けられたと思う。そしてその人たちを傷付けてはいけない、と言う思いだけが僕を立たせているのかも知れない。その中で一つ覚えたのは「。(マル)」を付ける、と言う事。全て「。」は付けられる。試しに付けてみて欲しい。出来れば短めに付けるとイイです。ずっと「......」を付け続けていて今でもその癖は有るのだけれど、少しはマシになってきたな、と自分でも思う。

先日、とある人にも少しだけこの話をしたのだけど、自殺する、と言う事は核爆弾に似ていると思う。爆心地たる自身を中心に家族、血縁、その親しい誰か、または関わった誰か、または人知れず思っている誰かを根こそぎ蹂躙する行為だ。何の理屈も前触れも無く、戦争よりも暴力的に、自殺した人の回りに罪悪感を瞬間的に広げ、その人の人生の中での時間と、そして未だに僕も掴めてはいないけれど「何か」を奪い、被爆し続ける。

「だから死ぬのはお止めなさい。」

言える事なんて、そのくらいだ。何の力も持たない。でも、だからこそ、考えて行きたいし、理解したいし、優しくする事が出来れば、と思うのだ。

以上、終り。(マル)

Posted by at 23:18


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