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2004年04月12日 (月)

CategoryImage気付かない事も有るんだろうか......

今さっき、いつものように椅子ベッドで仮眠していたら、手の痺れで目が覚めた。左手を枕にしていたから血管が圧迫されて痺れたのだ。

やっと血の気が戻った指でタイピングしています。この事自体はまあ、実は割としょっちゅうやってしまう事なんで今更なんですけど、今日はふとイヤな想像をしてしまった。

痺れが限界に達した頃、痛みとなってそれがきっかけで目を覚ますんですが、これって危険信号だと思うんですね。先日の足の腫れを危険信号と言いつつ、いまだに生活の改善に到ってない自分にも嫌気が差しつつ、今回の痺れは一瞬、自分の腕がどの位置にあるのか分からず、空いた右腕であちこち手探りで探してしまいました。もし気付かなかったらどうなるんだろう......。このまま鬱血して、腐るまで僕は眠っているんだろうか......。そう思ったらなんだか怖くなった。

そして寝ぼけ眼の頭の回路はさらに奇妙な方向に飛躍した。

イズムと言うやつもこれに似ているな、と時期が時期だけにふと、あらぬ方向へ思いを巡らす(こじつける)。

テロリズムもナショナリズムも左曲がりも右曲がりもとっくの昔に死んだ筈の物だ。少なくとも歴史はそう教えてくれている。それが分かっていても人はイズムを抱えたがる。多分その方が楽だから。でも麻痺した物をもう一度片手で探っているうちは良いけれど、気付かなくなったら終いだ。きっと危険信号はそこら中に転がっている。仕方がない、と言うのは諦めに過ぎない。

今回イラクでの邦人拉致事件に関して、多くの Blog が反応し、それをざっとでは有るけれど読ませて頂いた。その内容に関してはともかく、コメント欄で少し気になった記述を、それも大変多く発見した。それは○○派って言葉。自作自演派、自衛隊撤退派、自衛隊駐留継続派、小泉派、半小泉派......etc.etc. それってカップヤキソバで言えば「ペヤング派」「UFO派」って言うのと大して変わらん。それくらい意味がない。○○派である事は発想を狭め、他者を受け入れない(=想像を中断する)事の第一歩だと思う。それがカップヤキソバなら笑い話で済むけれど、そうでない場合......とても痛々しいと思う。
もちろん○○派を自称する方々の中にも、きちんとその記事から受けたインスピレーションを、「派」に属さず語っている方もいらっしゃいましたが。敢てここで書いておきたかったのは、無意識に「派」を名乗る事は危険だ、って事です。意識して「派」を名乗るなら「危険信号」にも敏感でありましょう。でないと、眠ったまま腐ってしまうかも。

かく言う自分は今回の事件を気にはしつつ、事、ここに至ってもはっきりした事も書かず、こう言った抽象的な文章で単純化してお茶を濁す「優柔不断派」です。
あと、ちなみにカップヤキソバは「UFO派」です。(蛇足)

Posted by at 04:38


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